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2009年2月

「東大女院生怪死事件」日記にびっくり

 今日のブログは深刻な内容を含みますので、うつ病歴のある方、未成年の方、気分の不安定な方などはすみませんが本文をご覧にならずお戻りください。

長生きしてくださいね!


 おそらくは自殺した元同級生、横田雪瑛さんについて。
私は「週間文春」2007年6月14日号の記事を見ましたが、「迷彩色のTシャツを着て死んでいた」なんて、普段のイメージと違う内容で、訳のわからないことだらけでした。なぜ10年近く経った今ごろ掲載されるのかも。割と近い立場ではあったはずなのに、研究室でも一日中誰とも話さないことの多かった私は、台湾出身なことも知らなくて、お通夜のとき初めて、別人のような名前が併記されているのを見て驚きました。

 ところが数日前、久しぶりに検索したところ、前はなかったと思う別人の「黄蘭雅」さんのほか、解説サイトを発見しました。

 問題とされている「Aの電子日記」は、私には、単に偏微分方程式を数値計算で解く際に、境界条件がどう伝わっていくかを議論しただけにも見えます。「R」は、何か固有の束縛条件でしょうか?彼女の指導教官は、係数が打ち消すことを「みんな死んでくれて嬉しいな」とか物騒な表現をしていました。死刑判決を受けて裁判中の先輩もいるのに。

 この、解説サイト自体、よく読むと矛盾だらけです。「私たちは彼女が黄蘭雅と名乗っていた頃の知人」と複数の著者で書いたかのようにも見えれば、「私と蘭雅さんとの最後の会話は、彼女の知力への嫉妬だった。」とも言い、全般的に盛んに東大の学生を非難する一方で、「本事件で多くの東大関係者が蘭雅さんの両親をサポートしている。」と、内部者が取り繕っているようにも見えます。

 そういうあなたは、いったい誰なんですか・・・?名乗りもしないで、気味悪い。私は週刊誌の記事やこのサイトで、彼女について何も理解していなかったことにショックを受けました。私の知っている彼女は、確かにセミナーで「音が響いて聞こえません」などと言っていました。過労気味の状態で、最後のセミナーでも「フラフラになりながら発表していた」と、欠席した私は後で他の学生から聞きました。何か協力できることがあれば、今も私の知る限りのこと(彼女との会話は5回くらいしかなかったようにも思いますが)をお伝えする心積もりはありますが、聞かれたことはありません。

 でも、このサイトには、連絡先も書いてない。彼女のことは冗談ではない本当の現実です。私は、知人のお通夜に出るのはこのときが初めてでした。失礼な振る舞いでご遺族の気分を害したかも、出なければ良かったかも、とは思いますが、死因についてはその後5年間、口に出すのもためらわれて誰にも聞けませんでした。結局彼女の指導教官に聞いたのですが、そのとき「なくなったのは、お通夜の連絡があった8月4日だ。前も自殺未遂したことがあったほど交際相手が悪い人で、ご遺族は今も怒っている」などと言われました。でも、週刊誌やサイトには「8月1日」とあります。

 私もお通夜の後、唖然として、見慣れない名前「ranga」等でWeb検索しましたが、かかったのは、恒例の「三者若手夏の学校」での食事予約メールくらい。幹事をしていた駒場の学生宛だったと思います。ところが、私は夏の学校で、彼女を見かけませんでした。どうなっているのでしょう?

 彼女は過労気味に見えましたが、「人を罵倒する」ほど感情的になったところは見たことがありません。感情って、親しくなければあまり見せないものですよね。ならば、あなたは誰なんですか。サイトの本文からは、彼女の交友関係にだらしない人が多かったようにも見え、まるで彼女や東大生一般を、侮辱する目的でもあるかのように見えてしまいます。

 6月頃か、「ノートPCを盗まれた」と言ってはいましたが、普通に不可解で困惑している口調で、心当たりがあるようにも、「殴られた」とも聞いていません(プライバシーだから?)。そもそも、どうやったら週刊誌の記事になるのか。個人情報が多いから、ご遺族の希望なんでしょうけれど...?投稿でもされたのでしょうか。 雑誌163頁の写真は確かに彼女ですが、162頁はわかりません。プリクラでハートをつけて撮るなんて、高校生のようで少し幼い行為にも見えますので、私の印象とは少し違うかも。1回だけ、真っ赤なドレスを着てきたので驚いたことはありますが、そのとき聞いたのは、「指導教官に2時間みっちり教えてもらった」だったような気がします。

 最後に。今更関係がないのに、このように、読んでて気分が悪くなり、私自身の評判も悪くなりそうなことをわざわざ書いたのは、主観的で取り立てて言うことではないかもしれませんが、私の記憶する範囲では事実で、かつ、私以外の誰も言わないようだからです。数学科は同学年に女子0人でしたが、その特殊な立場を考慮した記事は見られませんでした。2004年頃まで(もしかしたら今もかも?助教授は昇進を考えたら自由な発言もできない弱い立場でしょうし)物理学科に女性教授は一人もおらず、相談しようにも、セクハラ対策委員はその、指導責任のある女子学生が自殺したような教授だったのです。私に信頼できる相談相手はいないまま、他学科のあるいは新任で事情を良く知らない教授方により、アカデミックハラスメント調査が進められました。偏見がない点は良かったのかもしれませんが、報告書は横田さんについても、超対称性理論の怪しさについても全く触れず(知らなかったのでしょう)、教授達をかばうような内容でした。
2度とこのような被害者が出ませんように!

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